

その日は蒸し暑くて、額にかかった前髪がべったりと張り付くような嫌な日だった。着替えても服は汗で濡れるし、扇風機が送り出す風は生ぬるい。頬に当てた保冷材も気づけば溶けきっていて、当てにならない。暑さは人をだめにする。日が落ちきるころには私もすっかりだめにされていた。
仕事がひと段落して私は大きく背伸びをした。座っているおんぼろな椅子が耳障りにぎいと鳴いた。クッションはせんべいの様に平べったくなっていて、座り心地がとても悪い。申し訳程度に入っている空調は全くあてにならないというのに、長時間小さな小部屋でえっちらおっちら働く私はきっと働きアリよりも優秀だ。
デスクに置かれたこれまたおんぼろな骨董品が嫌な音を立てる。いったい今のデジタル化が進んでいるときに、誰がこんな古いマシンを使うというのか。度々メンテナンスでここの企業を訪れてはいるが、まったくもって装置を新しくする気配はない。今にも壊れそうな機械を必死に延命している。果たしてこれが有意義なことなのか無意味なことなのか私にはわからないが、私はこの延命作業を繰り返すだけだ。考えるのはまた別の人間がすればいい。
またおんぼろがひどい音を立てた。
この機械は機嫌を取るのが大層難しい。さっきまで調子が良かったかと思えば、すぐにすねる。がりがりと音を立てて動きが鈍くなる。備え付けられたモニターで機械の状態を確認しながら作業しているが、モニターは何も問題はありませんと言わんばかりに変化を映しださない。まったくもって意味のないモニタリングだ。こうなると下手に触るわけにもいかず、状況が改善するのを祈ってひたすらに待つしかない。手持無沙汰にキーボードをつついてみれば指先に埃が引っ付く。掃除くらいしろ、そう怒鳴りたくなる。
依然として部屋にはがりがりとひっかくような音が続いている。状況の改善なし、さすがにまずいかもしれない。本格的に不調の原因を探ろうと機械に手をかけたとき、ばちんと大きな音が響き渡った。どうやら照明が落ちたようだ。いや、換気扇のファンの音も止まったから電気自体が落ちたのかもしれない。狭くものが乱雑した場所で動き回るわけにもいかず、その場でじっと待つことにしたのだが、いくら時間がたっても復旧する様子がない。まったくここの連中は何を考えているんだ。それとも考えたくはないが、人がいないのだろうか。ポケットに突っ込んだスマホを取り出すと、そこには21:20と時間が表示されている。いつの間にか時間がたっていたらしい。それにしたって外部の人間である私を放置して帰るなんてことがあるのかというと、おかしいとは思うが。
しょうがないのでスマホの明かりを頼りに移動することにした。さっきまで触っていた装置は電気が落ちたせいか、沈黙していた。おそらく強制終了されたのか。電力が復旧した後でまた面倒なことになるかもしれない。
もともといた小部屋を出ると、そこには長い通路が広がっていた。さっきの部屋のような小部屋が並んでいるらしく、数字がペイントされた扉が延々と連なっている。昼に入ってきたときは気づかなかったが、どうやら蛍光塗料で塗られているらしい。うすらぼんやりと緑白色の光が暗闇に浮かんでいた。
たしか突き当りに階段があったはずだ。誰かしら残っているなら降りて行けば出会えるだろう。スマホの明かりで足元を照らしながら、扉の数字を眺めつつ前へ進んでいく。
するとどうだろう、途中で空いている扉があった。私と同じように取り残され、出ようとしている人がいるのかもしれない。わずかにそんな期待を抱きながら部屋を覗き込んだが、誰かがいるわけではなかった。さっきまでいた部屋と同じようなつくりで、機械のそばに置かれたモニターが目に入ってきた。モニターは淡く発光しており、電源が入っているようだ。予備電源でもあったのだろうか、その部屋の機械は動いているようだった。
不思議に思って近づいてみると、聞きなれた嫌な音がした。あのひっかくような削れるような、がりがりという音だ。どうやらこの部屋の機械も調子が悪いらしい。こんな骨董品を使い続けるからだ。モニターに浮かんだ数字をチェックしようと顔を近づけたとき、背後でバタンとドアが閉まる音が響いた。そしてモニターの向こう側から張り付くように顔を押し付けた男がこちらを見ていた。
Copyright©2017 hashi All Rights Reserved.

