エピローグ
デュハウントというのを聞いたことがあるか?
聞きなれない響きだろう。この辺りでは発音しにくいかもしれないな。
それは何かって?
いいや、人の名前じゃないよ。かといって物や場所の名でもない。それを探しているわけではなくて――俺は、それを知っている人を探している。もしかしたら、と思って、ずっと聞いて回っているんだ。
先に自己紹介をしておこうか。
俺は旅商人だ。
名前は、別に覚えてくれなくていい。ただのしがない商人だ。道中で取り引きした物と、物語を売っている。仕入れた品はどれも俺が気に入っているものばかりだ。どんなものがあるか少し紹介しようか。いまの目玉商品は全部で五つだ。
一つ目は、この地域では見かけないような珍しい保存食。これは険しい岩山に住む生き物の干し肉だ。独特な臭みはあるが味は保証する。
二つ目は、希少素材で編まれた布。なんでも、この布は虫の糸でできているらしい。この滑らかな手触りは一度触れば虜になる。
三つ目は、いわく付きの古道具。まあ、こういうのはありきたりだよな。持ち主が不幸になるだとか、そういうものだ。今のところ持ち主の俺には問題ない。見た目がオシャレなだけのただの箱だ。
四つめは、いくつも海を渡ってきた遠い国の本。この本の装丁は革を鞣してつくられた上等品だ。読むのに興味がなければ飾って置いても気品がある。
五つ目は俺の旅物語。こいつは意外と評判がいい。旅行記なんかも書くけれど、あまり面白いものではないな。そっちはなかなか売れないんだ。どうやら俺には文才がなかったらしい。
そうだろう、聞きなれないものが多かっただろう!
随分遠くから来たんだなと言いたそうな顔だな。まあ、そうなんだ。俺はずっと長いこと旅をしているからな。海の上へも行ったし、山もいくつも超えてきたよ。話に聞いていた古い遺跡も見たし、砂で覆われた大地も、氷に閉ざされた孤島も、噴火する火山も見た。旅をしているほうが性分に合うんだ。どこかに落ち着く気は初めからなかったからな。まあ、俺みたいなオジサンの身の上話なんて興味ないだろうけどな。
気になったものは旅物語?
あんた、さては物好きだな?
そりゃあどんな話だってあるよ。いままで俺が旅をしてきた実体験も、旅先で聞いた面白い話も、全部ある。背筋が凍るような恐ろしい話から、思い出しては一晩中笑い転げるような話まで何でも揃えてるよ。
興味を持ってくれたのなら、ひとつ聞いてもらおうか。ああ、これは俺の気まぐれだ。お代はいらないよ。ただ、少しでも俺の話が気に入ったのなら、話の終わりに何か一つ俺の仕入れた商品を買ってくれればいい。
俺の生まれ育った街で言い伝えられていた話があるんだ。――これは、デュハウントと呼ばれた怪物と、それに立ち向かった誰かの話だ。