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第3章 4話​

 

 

 

 

 

 何かを追うのは、当たり前のことだ。

 例えば、犬が自分の尾を追う理由の一つは、目の前にある得体の知れない動くモノに興味を抱いた結果の行動だ。あれは何だ、見る、動く、遠ざかる。そうして、ただそれを追う。
 本当に、ただそれだけ。
 形のあるものを追う。
 目に見えるもの、以前見たもの、もう一度触れたいもの。
 形の無いものを追う。
 置き去りにした感情、惹かれる気持ち、まだ見ぬ何か。あるいは、いつか見た影。


 アタシがこの話をしている間に、いや、もしかしたらそれよりも前に、彼女はきっと行動に出ていることだろう。けれど、アタシは話さなくてはならない。アタシの為に、少し時間をいただけるだろうか。


 何かを追う。当たり前と言ったのは、アタシがずっとそうしてきたからなのかもしれない。アタシが追うものは二つある。

 一つは父と見た夢。

「なあ、アンタ。ノアの方舟って――」

 そう、“ノアの方舟をこの目で見たい”という夢。その為に旅をした。その為にそれを記録した。いつかそれが叶うと信じていたから。誰かと会う度に、手掛かりがないかと訊ねる。そんな生活を繰り返して。

「ノアの方舟? 俺の地元ではそれはただの伝承だって聞いたが」
「俺の生まれ故郷では、なんでも国を二つまたいだ先にあるとかで……」
「オジサン達、ここの生まれじゃないの?」
「ああ、違うよ。俺は元商人で、こいつは元放浪人だよ。皆この街が良いからって居着いちまったんだよ。この街には多いだろ、そういう奴」

 確かに彼らの言う通り。この街の住人には、外から来た人も少なくない。だからただの酒場でも、いろんな情報が飛び交うのだ。情報収集にはもってこいだった。外から来た人達は皆、ここが気に入ったとか、なんとか、それっぽい理由を並べて居着く人が多い。その割には、街の人口がものすごく増えるわけじゃないし、意外と空き家が多くて住む場所も困らない。今までそれになんの疑問も持たなかった。皆、それで幸せそうだったからだ。皆、街から出られなくなっただけなのに。

「まだ冒険家気取りなのか、レーネ? そんなありもしないものを探すなんて。それから、本当だか嘘だか知らないが、お前、街から出られないんだろう? だったら、今そんなことをしても何の意味もない、ただの無駄じゃないか」

 見下すようにそう言ってきたのは、さっき答えてくれた人達と別の男達。知り合いといえば知り合い、彼らはただの顔見知りだ。私が真剣に聞いているにも関わらず、彼らは半笑いで答えた。

 己が夢を馬鹿にされて、自分のこれまでを蔑ろにされて、憤慨を覚えない者があるだろうか。アタシは、ついカッとなって手を出しそうになった。だが、突き出しそうになった拳は男を殴ることなく終わった。その思いを握り込んで、思い切り下方へ振り払ったからだ。
 言われた言葉には酷く傷ついた。だが、それは間違いだけではなく正しさも含まれている。アタシは、もうこの街から離れることが出来ない。この首につけられた忌々しい首輪には短く太い厄介な鎖が付けられていて、その鎖の反対側は「街」という名前の柱に括りつけられている。少なからず自由を奪われた今、何が出来るのか。

 アタシが追うもう一つ。
 それは、この街の影。

 街を出ることが叶わなくなった。だが、することがないわけではない。最近いい趣味を見つけた。簡単に言えばただの散歩。アタシは、自分の生まれたこの街を散策するようになっていた。ずっと住んでいる土地とはいえ、まだ知らなかった小路や、人々の生活がそこにあるのだ。旅行客気分で、初めてこの土地に足を踏み入れた、そんなテイで歩いてみる。随分暇なのだろうと笑うなら笑えばいい。今、自分を落ち着ける唯一の方法がこれしかない。アタシはアタシでありたい。一つ生きがいを失ったからとて死ぬわけではないと信じている。まだ壊れるには早い。
 アタシはまだ、ここで生きているのだから。

 こんなに時間が余っている。だが残念なことに、することが無い。するべきことが無い。いや、そうじゃない、もう何もしなくていいんだ。
 アタシは街の境に座って外を眺める。何にもない場所。ずっと前に誰かが作った道が伸びている。これは故郷に帰るための道だったのか、それとも別のものだったのだろうか。
 もう一度あの先に行けたなら。
 はあ、と息を吐いたアタシの後ろから足音がする。大きなカバンを持って、誰かが街の中からやってきたようだ。その足音の主はアタシより歳下の女の子だった。

「……街から出ようとしてるなら、そんな無駄なこと、やめた方がいいぞ」
「いいのよ、そんなの知っているわ。だから試しに来たんじゃない」

 片目に当てられている厚いガーゼ。率直な感想として、あれは本当に痛そう。見るからに大怪我なのだ。そんな怪我をしながらカバンを引き摺る。彼女には、今それしなくてはならない理由でもあるのだろうか。

「なあ、あんた、やめておいた方が……」
「何よ! 皆して私を放っておいた癖に! 今になって何よ! またそうやって、皆がマトモで私だけがオカシイっていうのね! オカシイ振りをしていたって、していなくたって、ずっと私は……!」
「…………そっか、辛かったんだな?」

 彼女は、何気なく言ったアタシの一言に、無言で、口を真一文字にむすんで、ぽろぽろと涙を零した。もう何が何だか分からない。そもそもこの子は誰なんだ。

 街の外れに一人で居るなんて怪しいヤツだーと思うかもしれないけど、と彼女に投げかける。彼女から返事はなかった。話なら聞くからここに座ればいい、アタシはそう続けた。彼女はアタシの前を通り過ぎようとした。ああ、行ってしまうんだな、と見ていたら、アタシの横に、彼女はカバンだけを乱暴に置き捨てた。カバンは少し土をまいあげたけれど、無事着地してアタシの横で大人しく座っている。カバンなんて気にする気配はなく、彼女は三歩ほど先へ進んだ。どうやら、まだ諦めていないらしい。三歩進んだ後はピタリ動かない。彼女はそれきり止まったままでいる。アタシに背中を向けたまま、ずっと俯いていた。彼女の立っている場所は、アタシの座っている場所よりも外側。彼女があと一歩、その足を前に出すことができれば、この街から出られる。行き先である外の世界は、己が目にしっかりと映っているのだ。決してそこに行き着くことは無い場所なのに。けれど皆は、それに気付かずに幸せに暮らしている。皆は街のなかに居ることが幸せなのだ。

「……どうして、私に話しかけるの」

 彼女はようやく口を開いた。ずっと背中を向けたままピクリとも動かないが、声をかけてくれただけでも良い方だろう。
 彼女のいうように、声をかけたことを不思議に思われても仕方が無い。彼女にとって、アタシは見ず知らずの人間だ。まあ、アタシにとっての彼女もそうなのだが、それは考えないことにしておこう。
 例えばここが有名な自殺の名所で、彼女が今にもその身を投げ出そうとしていたのなら、それを見ていたアタシが「やめておいた方いい」と彼女へ声を掛けるのは不自然でなかったかもしれない。アタシが彼女を止めたのは、街の中と外の境界線。見えない線の上である。彼女にとっても、他の誰かにとっても、そこはただのまっさらな地面だ。そこを踏んだり、落っこちたり、その先へ進んだりしたところで、その儚い命をおとしてしまうなんていう恐ろしい仕掛けは無い。けれどアタシにとってその見えない線の先は、何尋もの深さで底が見えない沼であり、鋭利な岩が立ち並ぶ着地点などない崖の先である。アタシにとってこの線の先は、それと大して変わりはないくらいのものなのだ。美しいと息を呑む。決して手の届かない焦がれた景色を目の前に、出来ることはそれだけだ。そういう場所。

「声を掛けた理由? あー、そうだな……アタシもその弾かれた一人だから、とかで良い?」

 彼女はくるりと振り返って、アタシの前に立った。少し間を置いてから、先程置き去りにした荷物の隣に屈み込む。アタシと、彼女の大きなカバンと、彼女。三つの影が仲良く並んでいる。

「ねえ、どうしたんだよ。そんな荷物を持って」

 アタシは、相手が何を考えているか、他者の心を読むことができる。アタシが今彼女に投げかけた質問は、その能力の前では意味をなさないように思えるだろう。確かに、今ここで彼女の心を読んだならば、だいたいのことは掴めるだろう。しかし、アタシはそれを良しとしない。だって、他人にいきなりそれをされちゃ嫌だろう。少なくともアタシは嫌だ。それに、アタシはそういうものを無闇矢鱈に使わないことにしている。
 そんなことをしなくても、その表情から心中は何となく察しがつく。自棄になって家から飛び出してきたとか、そんなところだろう。見るからに思い詰めた表情である。

「……もう、帰らないでおこうと思ったの」

 おや、これはもしかして正解だったのでは。ほら、流石のアタシでもわかる。アタシの思った通りだろう、と、ふふん、と自慢げに鼻をならしそうになる。いけない、いけない。アタシは直ぐに顔に出てしまうタイプらしいから、それを気をつけなくては。

「どうして?」

 聞き返したアタシに、目を合わせず彼女は言う。

「……長くなるけど?」

 その言葉にアタシは、どうぞ、と合図をする。話を聞くといったのだ。好きなだけ話せばいい。

 彼女の口からは、堰を切ったように言葉が流れ出す。

「この街から出ようと思ったのよ。でも、ここから離れられないのは知っていたわ。私は一人暮らしなのだけど、親は別の街にいるの。自分が優しくされたいのなら、他人にも優しくするべきでしょう? ああ、この街はひどいのよ。街の人は皆、私を居ないように扱うの。私がそれを望んだのだから仕方がない、そう言われればそれまでだわ。私はそうしなくてはいけないから。でも、そうじゃないの。違うのよ! 私が悪いって言うんでしょう? だからって薄情すぎやしないかしら! 皆嫌いよ……大嫌い。だって、私のヘイディを居なかった事にしてしまうんだもの! 彼女はは何も悪くないのに!」

 言っていることが分かるような分からないような。
 きっと、相当辛い思いをしたんだろう。それだけは分かる。
 アタシはそう思うことしか出来なかった。彼女に掛けるべき言葉が見当たらない。人が嫌いな彼女は人に嫌われてしまった。けれどそれを嘆いている。彼女はきっと、どこまでも、誰も見捨てられないような善人なのだろう。彼女がそうだからと言って、その周りが同じく善人であったとは限らない。

「まるで狼少年ね。私はその逆だけれど。気をひきたいわけじゃない、皆を遠ざけたいの。だから、いつも偽るしかないのよ! 嘘を吐いていないのに嘘吐きだと言われて、何かを言えば気が触れている奴には取り合うなと言われるの。マトモでもオカシイ子でも、私が私でいるだけで、私が道を歩くだけで皆は白い目を向けるわ。ああ、そうなのね、頭のオカシイ子はまともな手当すら受けるべきではないというの? 私はいないって、要らないって! リリヤはオカシイからってそう決めつけるの! なんて最低なの……それでも助け合って生きているだなんて、どの口が言うのよ!」

 言いたいことがごちゃごちゃだ。感情的になった人間の言葉なんてそんなものだろう。何を伝えたいわけでもなし。ただ思いを発散したいだけ。まあ黙って聞く。

「皆、化物に食われてしまうしかないのに、それを知らないで、そうやって能天気に暮らしているのだわ! 皆嫌い、大嫌い。そうよ、さっさと食べられてしまえばいいの。皆死んじゃえばいいのよ! あれ、違う、私、そんなこと思ってないのに。ああ、全部街のせい、ぜんぶみんなのせいだわ! 嫌、いやよ、私、悪くないのに! ああ、こんな街なんて……こんな街なんて、消えてなくなってしまえばいいのに!」

 こんな街なんて消えてしまえばいい。

 たった一言。ただの言葉。だが、それは、アタシの神経を逆撫でした。その言葉は腹に据えかねる。どうしてそんなことを言えるのかアタシには分からない。大事なものを貶された、そんな気持ちになった。アタシはアタシの街が好きだ。変な言い伝えがあろうとも、そのせいでややこしいことに巻き込まれようとも。
 今思えば、これは大人げなかった。黙って聞いていられればよかったものを。そこまで出来た人間じゃない、自分の中でブツンと何かが切れた音がした。アタシはアタシを抑えられなかった。

「…………あんたにも非があるよ」

 彼女はその時、初めてアタシの目を見た。信じられない、そう目で訴えていた。アタシだってそう思ってる。知らない子供が来たと思えば突然喚き立てて、しまいにはアタシの目の前でアタシが大切にしているものを、これでもかと蹴って落としてしまうのだから。これではもう火に油だ。次の瞬間には、猫が毛を立ててたときのような、あのトゲトゲした空気を纏わせた彼女が、言葉で思い切りアタシに噛み付く。

「……いきなり何よ! 最低! そもそも何なの、勝手に聞いておいて勝手に文句をつけてくるなんて! 本当に何様のつもりなのよ!」

 最低って言った。最低って。
 すごい、どこまでも喧嘩腰だ。彼女の火はおさまることを知らない。売り言葉に買い言葉でアタシもそのまま噛みつきそうになった。だが待て、それではいけない。と、アタシは思いとどまった。彼女の言うことにも一理ある。確かに最低だった。大人げなかった。反省したアタシの方は無事鎮火、彼女がどこまで燃えるのかちょっと煽ってやろうかな、なんて余裕もある。
 いや、それは良くないだろう。もう何をとっても大人げない。ダメだな、とりあえず初めましての挨拶でもしておくか。アタシは手を差し伸べながら彼女に言う。

「……ああ、そうじゃなかったね。ごめん。そういうつもりじゃ無かったんだよ。あと……自己紹介がまだだったな。アタシはほら、偉大な冒険家様だよ。名前はレーネ。宜しく」
「…………ッ! ああもう! 違うわよ! そういうことを言っているんじゃないのにー! もう、意味がわからない……」 

 随分気が立っている。けれど、彼女も少しは落ち着いたのではないだろうか。言動から感じ取る分には、そうは思えないところしかない。だが、くるくると変わるその表情は先程より柔らかく見える。

「えーと……リリヤ? さっきの……」
「待って、私、名前言った?」
「言ったよ」

 そう、彼女は勝手に名乗ったのだ。ついさっき言っていた。周りが自分を決めつけるんだ、と言った時、しっかり名前を言っていた。その事実を飲み込もうとしているのだろうか。ぎゅっと眉間に力を入れてから、斜め下を見た後、丁寧に編まれた三つ編みを払うように撫でる。その次には両手で顔を覆って塞ぎ込んだ。随分忙しい子だな、と思いながら眺めていたが、引っかかった言葉はまだほかにもある。今は彼女を眺めるより、まずそれを聞かなくてはならない。

「それで、リリヤ。聞いてもいい?」
「…………ああもう、いいわよ。何?」
「“皆、化物に食われてしまうしかないのに、それを知らないで”って、どういう意味?」
「……それは…………」
「リリヤ?」

 手で顔を塞いだまま、彼女はくつくつと笑いだした。突然何かに取り憑かれたように笑いだしたのだ。その笑い声は次第に大きくなっていく。そして次には文字通り腹を抱えて笑いだした。彼女は笑った。笑い続けた。ケタケタと、甲高い声で。狂ったように。嘆くように。乾いた高い笑い声を並べた。それを突然ピタリと止め、面食らってぽかんとしているアタシの顔を覗き込む。

「ねえ、デュハウントって知ってる?」 

 科白めいたそんな言葉で、彼女はわざとらしく迫った。

 

 デュハウント。
 アタシはそれを知っている。嫌ってくらい知っている。
 それはアタシが追うものの一つなのだから。

「ああ、知ってるよ。よく知っている」

「……そう。そうよね、街に住んでいる人で、アレを知らない人はいないものね。詳しいことはここに全て書かれているの。あ、読むことはオススメしないから」

 彼女は一冊の手帳を取り出して、目の前でヒラヒラと動かしてみせた。傷んだその表紙を見るに、幾重にも歳月を重ねてきたのだと分かる。そして、それは恐らく彼女のものではない。きっと別の誰かがずっと大切にしてきたものなのだろう、そう感じた。

「この手記には、あの化物のことが書いてある。だから私は、ここに書かれていることが本当かどうかを試してるだけ。“例の名前を呼んだらどうなるか”とか、“影に取り込まれた人間がどうなるか”とか」
「え、名前を呼んだら奴が現れる、それだけだろ? アタシが前にその名前を口にした時は……」
「呼んだことがあるの? 本当に?」

 よくまあこの子は人が話している時に言葉を被せてくる。最後まで聞くってことが出来ないのだろうか。流石のアタシもちょっと怒ったぞ。けれど、アタシはお姉さんなので、大人なので、威厳を持って対応するのである。

「ああ。結構前になるな。三年前くらいか? ただ目の前に出てきて終わり」
「信じられない。何も無かったっていうの? 私はそれでこんな怪我をしたのに……片目だって失ったのに……! まだ傷が開くの、血が止まらないのよ。どうすることも出来ないじゃない。私はどうすれば良かったの!」

 先程までの彼女の聞くに、誰も手当をしてくれなかったと。恐らく、傷を受けてからそんなに日が経っていないのだろう。もし、そうでないとしたら、満足な治療を受けられなかった彼女の片目は、取り返しのつかない状況なのではないか。その傷の事も気になるが、今はまず彼女を落ち着けなくてはならない。話には続きがあるからだ。

「……落ち着いてくれ。落ち着いて、リリヤ。とりあえず話を聞いて欲しい。アタシは三年前のあの日、名前を呼んだ時、化物は、ただ目の前に出てきた。いや、出てきただけだった。アタシは何も出来なかったんだ。歯が立たなかった。ああ、あの時ほど無力さを感じたことは無い。この剣は何のためにあるんだろうって思ったよ。自慢の剣が一度も当たらなかったんだ」
「…………刃が当たらないなんてあるはずない。だって……」

 だって、名前を呼ばれたあとの奴らは実態のないただの影じゃなくなるのに。彼女は確かにそう言った。
 それじゃああの時の説明がつかない。
 三年前のあの日、確かに当たらなかった。一度も。全然。これっぽっちも。先っぽだって何だって。あの時を思い出す度に悔いてきた。何も出来なかったって。生き残れたのは運が良かっただけだって。
 彼女の言うことは正しくない。嘘なんじゃないか。そう思いたい。そうであって欲しい。いや、きっとそうだ。

 リリヤの方を見る。彼女の心を見る。

 青い目の奥は怯えていた。彼女の中にあったのは一つだけ。そんなアタシを見透かすように一つ。

 ――貴女も私を信じてくれないの?――

「……ごめん」
「別に構わないわ。慣れているし。あ、でも、悪いと思うなら、協力してくれない? 私、良いこと思いついたの!」

 彼女の話をアタシは黙って全部聞いた。
 ちぐはぐで、ぐちゃぐちゃで、突拍子もない計画だ。無茶だと思った。普通出来るわけないと思った。けれど、乗ってみるのも悪くない。そんな思いが胸を満たした。

「分かった。じゃあアタシは、あんたに全て託すよ」

 アタシの言葉に、彼女は笑顔で返した。実行するには人手が足りないわ、集めなくちゃ。そう呟いた彼女はとても楽しそうだった。
 立ち上がった彼女は、スカートの土を払う。その後ろ姿は、ちょうど傾いてきた日と重なる。

「ねえ、貴女は本を読む? 空想はすき? 物語は好き? 私は好きよ。大好き。物語は心を広げる扉なのよ。気持ちをずっと豊かにするわ」

 本は読まないな。書くことはあるが読むことはあまりない。アタシは思った通り、 そのままを返した。

「……へえ、そう。じゃあ、一つだけ覚えていてね。物語には決まった終わりがあるの。……だからもし、これがそんな物語だったとしたら、私もきっと死んでしまうのね。ふふ、犬死にってやつかしら」

 そう言って振り返り、苦しそうに笑った彼女の顔は、アタシの目にひどく焼き付いた。

 

 アタシ達が追うのは、この街の影。時間はもう残されていない。彼女は今頃うまくやっているだろうか。

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