
懺悔
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「待ってレティ!まだお祈りがすんでいない!」
「しました!カルムが見ていないだけです」
カルムと会った日から、5年ほどが経った。
突如村にやってきた2人の異邦人は想像以上にすんなりと村人たちに受け入れられ、今では村の神父様と見習いとして慕われている。
それもこれも神父様がとても親身になってくれること、カルムが嘘のつけない正直者であるというのが大きいだろう。二人とも、今では村に欠かせない存在となっている。
そして少女、レティも教会でシスター見習いとして勤めている。
「嘘つかないでよレティ!不真面目な君が僕より先に終わらせてるわけないだろ!」
「だって、こんなの何の意味があるというんですか。つまらないし、これなら森に出かけている方がましです!」
「レティ!」
後ろから呼びかける少年を振り切って、レティは教会の扉をバタンと閉めた。
扉の向こうからは少女をいさめる少年の声が聞こえ続けているが、それを無視して森の方へと足を進める。
レティは教会でシスター見習いをしているが、そもそも、それは本意ではなかった。
同年代ということもあってカルムと仲良く過ごしていたら、カルムの行儀のよさに感心した母親に無理やり言いつけられたのだ。
普段外で走り回り、身体を動かすことが好きなレティにとって、教会の仕事はひどく退屈だった。朝昼晩と繰り返されるお祈りに、隅々まで行われる教会の掃除。それが終われば聖書の勉強をして、気が付けば一日が終わっている。
遊びたい盛りのレティにとっては、ひどく退屈な日常だった。
「まったく、カルムはよくあれに耐えられますね。同じ子供だとは思えない!」
最近のレティにとって、カルムはいくらか鬱陶しい存在になっていた。それもレティの苛立ちを増していた。
とうとうと続けられる小言に加えて、できる子と比べられる苦痛。なまじ優秀な人間がそばにいることへの歯がゆさが、レティをさらに不真面目にさせていた。
こんなのやめてやる!
そうレティが叫ぶまでが、最近の日常と化していた。
少女は森へと続く小道を小走りで抜け、苛立ちをあらわにしたまま森の中へと進んでゆく。
「ここにはカルムが来たがらないから・・・」
茂みをかき分けて進みつつ、幼馴染の少年のことを考える。
彼はなぜかこの森に入りたがらない。いつもレティが逃げ込むとわかっているのに、追いかけるそぶりも見せないし、近づくことも嫌がっているようだった。
それもあってレティはこの森によく逃げ込んでいるのだが、一体いつから彼は森を嫌がるようになったのだろうか。村に来てしばらくは、一緒に森で遊んでいたのに。
昔カルムが木登りをして、そこから落ちて大けがをして、それからだった気がする。
あの後しばらくカルムは顔を見せなくなった。神父様は怖がっているだけだと言っていたが、あの時何かあったのか、単純に嫌な思い出になっているのか。
「カルムの考えていることなんかわからない・・・」
レティがしばらく黙々と進んでいると、視界いっぱいに眩しい光が飛び込んでくる。
頭上を覆っていた木々は途切れ、少し灰色がかった空が広がっている。森の中で飛び地になっているここは、レティのお気に入りの場所の一つだった。
光が当たる真ん中あたりに寝転んで昼寝をすると、ざわつく心が落ち着くのだ。見習い服が汚れないように草の上を軽く払って、レティは草原の上に横になった。
空に浮かぶ雲は穏やかに流れ、草木の揺れるかすかな音が耳をくすぐる。緩やかに時間が流れているようだった。
しばらくそのまま寝転んでいると、レティの視界の端に赤い色がちらついた。
身体を起こして見てみればそれは小鳥のようで、小枝にとまってちちち、と小さく鳴いている。白い羽毛の一部が赤く染まった、可愛らしい小鳥だった。
「見たことない鳥だ・・・どこから迷い込んできたのですか?」
レティの言葉にも小鳥は首をかしげるだけで、小枝についた果実をつついている。動物をほとんど見かけないこの森では、珍しい光景だとレティは思った。
きっと迷い込んだのだろう、そう考えながら小鳥にレティが近づくと小鳥はパタパタと羽ばたいて森の奥へと進んでいく。
「あっ、待ってくださいよ!」
逃げる小鳥を見失わないようにと、反射的にレティの身体が動いた。ほの暗い森の奥へと消えようとする小鳥を追って、レティは走り出していた。
小鳥は想像以上に速い速度で飛んでいく。よそ見をすればすぐに見失ってしまいそうなくらいに。足元の草木に足を取られそうになりながら、修道服に枝をひっかけつつ追いかける。
「待って!」
レティの声に反応したのか、小鳥は羽ばたくのをやめゆっくりと木の枝にとまった。また逃げてしまう前に近づこうと、レティは足を速めた。靴裏からは砂利同士がこすれあう感触がした。
「逃げないでくださいね・・・もうちょっと・・・」
手を伸ばしながら小鳥に近づいていく。距離はもう手が触れそうなくらいで、レティは木の枝を見上げながらゆっくりと進んでいく。
「よし!届いた―――」
触れるか触れないかの境界線で、レティは奇妙な、それでいて知っているような感覚に襲われた。それは支えが何もかもなくなった不安定な感覚で、一瞬の浮遊感のような。
ついさっきまで目の前にあった小鳥が遠くにいる。小鳥は動いてはいない。動いているのはレティの方だった。
瞬きをする間に、レティは背中へひどい衝撃を感じた。打ち付けた痛みは呼吸すら少女から奪った。噎せるようにせき込んでいると、圧迫するような痛みと共に空気を再び吸い込めるようになった。
レティは森の奥にある崖から足を踏み外し、その向こうへと落ちたのだ。
なんで、どうしてと意味をなさない言葉がレティの中に渦巻いた。落ちるなんて、そんな馬鹿なことがあるわけないのに、と。
確かに上を見上げていたから足元がおろそかになってはいたけど、それも小鳥を捕まえるためで、小鳥を逃がさないためで。そこまで考えて、ふとレティは思った。
そういえば、そもそもなんで小鳥を追いかけたんだっけ。
痛みに薄れゆく意識の中で、自分の理解できない行動に疑問を抱きながらレティは目をつむった。身体が痛くて、何もできそうにない気がした。どうなるんだろう、そう思うはずなのになぜかどうにかなる気がしていた。なんだか、前にもこんなことがあった気がするから。
森の奥、崖の下でレティは気を失った。
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