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懺悔

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少年を知るものに彼はどんな人物かと尋ねたならば、十中八九真面目で勤勉と答えるだろう。それほどに少年は虚偽を嫌い、善意に従い、慎ましく過ごしていた。

しかしそんな少年でも心を躍らせることがある。その時だけは瞳を輝かせ、年相応に子供らしい一面をのぞかせるのだ。

少年の楽しみは糸の収集であった。麻糸や木綿糸、珍しいものでは絹糸など少年の収集品は多岐にわたる。特に気に入っているのは赤い絹糸だ。ひときわ手触りのいいこの糸を指に巻き付けては解く。

その行為を繰り返しているときが少年にとって何よりも代えがたい時間であった。しかし現実というのは残酷なもので、楽しいひと時ほど急に終わりを告げる。それは少年がそうして楽しみにふけっていた時、唐突に起きたのだ。

 

―森においで。そこにあの子がいるよ。

 

聞こえてくるのは小さな声だ。声を押し殺して、耳元で囁くように語り掛けてくる。

その声を少年は嫌というほど知っている。ある意味聞きなれた、なじみ深い声であった。話しかけてくるのも今に始まったことではなく、少年は無視を決め込んでいた。

 

―いいのかい。あの子崖から落ちたんだよ。怪我をしているんだよ。

 

その言葉を聞いた途端、少年の脳裏にはひどく痛々しい姿になった少女の姿が浮かんだ。額を切って血を垂れ流し、蹲るように腹を抱えて動かない彼女の姿が。その姿は少年がかつて見た光景であり、忘れようにも記憶に深く刻み込まれた光景だ。少年にとってひどく苦々しい思い出だ。

「お前、そんなことを言って嘘だったら承知しないぞ」

少年が額に汗をにじませながら発した言葉に、声の持ち主は何も答えない。

少年は苛立ち交じりに座っていた椅子から立ち上がると、彼女がいるであろう森へと向けて走り出した。消えない彼女の傷だらけの姿を、いつものわがままな姿に塗り替えるために。

少年がいた礼拝堂の長椅子の上には、長さがまちまちな糸だけが残っていた。

 

 

嫌な予感ほどよく当たる。これもよくある話だ。

少年が疎ましい声がする方向へと足を運んだ結果、そこには身体を打ち付けて動かない彼女が横たわっていた。身に着けている礼服はところどころ小さな穴が開いていて、砂をかぶったのか薄灰色に汚れている。崖の下に打ち捨てられるように転がっている姿に、少年はこれが現実でなければいいと祈った。しかし祈りは何も変えてくれず、彼女は動かないままだ。

 

―ねえ、なおさないの?

 

聞こえてくる声は楽しそうだ。こんな状態だというのに。あの時だってそうだった。彼女が傷ついているのを見てこの声は楽しそうにささやくのだ。なおさないの?と。声は知っている。そんなことを聞くまでもなく、少年には選択肢がないということを。それなのに聞いてくるのは、少年にとってその選択が選びたいものではないからだ。

「うるさい、お前に言われなくたってわかってる。レティを助ける」

少年は彼女の手を取り、両手で握りしめた。よく見れば彼女の手はところどころ擦り切れており、血がにじんでいる。爪の間には小石が挟まっていて、指先が痛々しくはれている。どうしてこんなことにと、思わずにはいられなかった。いつも森に出かけては何事もなく帰ってきていたから、油断していたのかもしれない。あんなことがあった森だ。あいつが住み着いている森だ。安全なわけがなかったのだ。それでも、なぜ彼女がと思わずにはいられない。

彼女の手を握りしめて俯く少年を、後ろから一羽の小鳥が眺めていた。

 

 

少年が彼女を背負って森を抜けたとき、既に日を落としそうな空模様を呈していた。背負った彼女の成長した重さに慄きつつ、少年は教会の分厚いドアを身体全体で押す。年季の入った蝶番が嫌な音を立て始めたとき、少年はドアの向こうによく見知った顔を見つけた。

「神父様・・・」

神父と呼ばれた男性は彼女を背負った少年の下へ駆け寄ると、安堵したように息をついた。

「よかった、心配したんだよ。サルーナさんの家から戻ったらカラムがいないから、どこに行ったのかと思った。こんな時間まで何をしていたんだい?」

「それは・・・」

少年は歯切れ悪く言葉を返す。少年がしたことは本来、してはいけないと神父に言いつけられたことだ。約束を破った後ろめたさで、少年は身が縮むような思いだった。

「おや・・・?カルム、君レティを背負っているのかい?なんでまた・・・」

事情の分からない光景に神父はしばらく少年と彼女を眺めていたが、彼女の服の汚れと少年のらしからぬ態度に、1つの可能性にたどり着いてしまう。

「まさかカルム、なおしたのか?」

「・・・」

「カルム・・・」

沈黙で肯定する少年に、神父は言葉を失った。聡明な彼が何故、そうは思ったが少女の負傷した姿に耐えられなかったのだろう。それに、自身がしたことの危険性は少年自身がよくわかっているはずだ。

「カルム、ひとまず話はあとでしよう。私はレティを医務室に寝かせてくるから、君は控室で待っていなさい。いいかい、くれぐれも外に出ないように」

「はい・・・」

神父は少年の背から彼女を下ろすと、そのまま医務室へと抱きかかえて歩いて行った。その姿を見送ってから、少年は自身が向かうべき場所へと移動したのだった。

 

 

いるはずのない人物の声を聴き、少女レティは思わずドアのそばにへばりつくこととなった。聞こえてきたのは紛れもなく、街に行ったはずのカルムの声だ。神父は帰ってきていないといった。レティは嘘をつかれたのだろうか、しかし何故。どうしてレティをカルムに会わせないようにしたのだろう。繰り返される疑問は好奇心を呼び、その理由を突き止めようとレティをその場に縫い留めた。

「ねえカルム、どうして言いつけを破ったんだい?」

そう問いかける神父の声はやわらかい。小さい子供に言い聞かせるような声音だ。

「神父様、僕は正しいことをしたと思っています。だってああしなければレティは・・・」

レティは自身の名前が呼ばれて背筋がこわばった。自分がここにいると彼らが知ったらどう思うだろう。そんな思い付きが、レティに隠れて聞き耳を立てているという事実を改めて認識させた。

「カルム、確かに君の行いでレティは救われただろう。でもこんなことを繰り返してはいけない。いつか知られてしまったとき、君が困ることになる」

「じゃあ神父様はレティを見捨てればよかったって言いたいんですか?!」

「そうはいっていないよカルム、心優しいことはすばらしいことだ。けれどね、君はもっと冷静になるべきだった。レティのけがは生死を争うようなものだったかい?」

「それは・・・」

「話を聞く限り、崖から落ちたようだね。でもあの森にそんなに高い崖はないだろう?君がなおさなくても、レティは十分助かる傷じゃなかったのかな」

その時レティの耳によくわからない言葉がひっかかった。カルムがレティをなおす?そういえばレティが負ったはずの傷は見当たらなかった。レティを運んだのはカルムで、そのカルムに神父は会わせようとしなかった。カルムがレティの傷を治したことは、レティに知ってほしくなかった?

「・・・」

「・・・カルム、そう落ち込まなくていい。君がレティの傷ついた姿を見てどう思ったか、少しは私にもわかるよ。動転してしまったのも無理はないよね。だから今度はちゃんと私を呼ぶんだよ」

「はい、神父様―」

カルムが俯いた顔をあげたとき、部屋の中に何かが勢い良く開く音が響き渡った。

カルムと神父が音の鳴った方向に振り返ると、そこには開かれたドアの向こうにレティが立っていたのだった。

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