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懺悔

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少女の成長は早い。彼女たちはまるで蛹から蝶に羽化するように、一瞬でその姿を変える。だから彼女がそのありようを大きく変えたのも、そういうことなのだろう。

それはあまりにも一瞬だったから、成長というより変異という言葉がふさわしかったかもしれないけれど。

あの日からレティは変わってしまった。いや、こんな言い方はふさわしくないだろう。

レティは誰もが求めるような正しい姿になったのだ。

それをあたかも悪くなったような言い方はすべきではない。それは頭ではわかっていてもカルムには認めがたいことだった。

 

 

 

カルムと神父が話している最中に部屋へと入ってきたレティは、ひどく困惑している様子だった。

その顔色からして話を聞いていたのだろう。理解できないといった表情で立ちすくみ、言葉を発することが出来ないようだった。

身動きの取れない沈黙の中で3人はお互いを見つめていた。レティは二人を疑うように、真実を探るように。神父は次の行動を考えるように、レティの動きを探るように。カルムはただ、レティに聞かれていたことにおびえたまま。

沈黙を破ったのは神父だった。彼はさっきまでのことをなかったことにするかのように微笑んだ。そしてレティに、忘れ物でもしたのかい?と問いかけた。神父は暗に言っているのだ。何も聞かずにこのまま帰ればすべてなかったことにできる、と。

レティはそんな神父の態度が腹立たしくてしょうがなかった。レティをまるで子ども扱いしているようで、馬鹿にしているようで、無知をいいことに騙そうとしているようだった。瞬間かんしゃく玉に火が付いたようにレティの眦が吊り上がった。

「いいかげんにして!」

レティのつんざくような叫びはむなしく三人の間にこだました。カルムは依然として都合が悪そうに俯いているし、神父はうっすらと笑うばかりだ。誰もレティを取り合ってくれない。そんな思いに駆られて、彼女は詰問するかのように言葉を並べた。

「なんで隠すんですか?レティにだけ、何で秘密にするんですか?二人して意地の悪いことをしているなら今すぐやめてください!それともレティに話せないような、やましいことでもあるんですか?!今すぐ答えて!」

レティがどれだけ必死に伝えても、二人は何一つ言葉を発しなかった。レティはそこで、自分に許されているのはこの場から立ち去ることだけなのだと気が付いた。自分がこの場からいなくなるまで、この沈黙は続くのだと。その事実にレティは全身の力が抜けていくようだった。そして同時に、言いようのない怒りが彼女の身体を駆け巡った。言ってもわからないなら。

レティは後ろに下がりながらチェストの上に置かれている皿を手に取ると、それを勢いよく壁にたたきつけた。そしてその破片を握りしめると、力を込めて彼女自身の腕に刺した。

「レティ!」

カルムが悲痛な声をあげた。目を見開いて、信じられないとでも言いたげな顔でレティを見つめている。そんなカルムのことを目の端で一瞥すると、レティは再び勢いよく破片を腕から引き抜いた。

「二人が話してくれるまで、おんなじことをします。やめません。話してください」

そう言い切るか言い切らないかのうちに、レティは再び破片を腕に突き立てようとした。瞼を力強く閉じて、痛みに耐えるような表情をして。力んでいるのか手が震えた状態で。

「レティ!」

カルムがそれを止めようと手を伸ばす。しかし、それよりも早く事はなされた。

厳しい表情をした神父が、レティの腕をつかみとめていた。

「レティ、もうやめなさい」

「やめません・・・!話してくれるまで、やめませんから・・・!」

引っ込みがつかなくなった子供のようにレティは駄々をこねた。すでに眦からは大粒の涙がこぼれていて、鼻をすすりながら腕を振り回そうとしている。しかし痛みで力が抜けたのか、握りしめていた破片は床に落ちて鈍い音を響かせた。

「神父様、もう放してあげてください。話しますから。・・・全部レティに話すから」

青ざめた顔でカルムはレティに手を伸ばした。しかし、力なく伸ばされた手は神父によって下ろされることになった。

「いや、私が話そう。でもまずはこの怪我の手当てをしないと。レティ、カルム。二人とも医務室へ行きましょう」

泣きじゃくるレティを引き寄せながら神父は懐から鍵を取り出した。それをカルムに手渡すと、軋む音を立てる控室の扉を開き、薄暗い廊下へレティと共に進んでいく。

暗がりに二人が消える前に、カルムは何か得体のしれないものを見た。消えていく神父の顔には、あんなことがあったばかりだというのに、いつものような微笑が浮かんでいたのだ。

 

 

医務室のベッドは相変わらず固い。

けれど今のレティにはそれは些細な問題だった。自身のつけた傷が熱を持っていて、ひりひりと痛むのだ。その傷を神父が黙々と手当てしていく。染み渡る消毒液の痛みに耐えるので、彼女は精一杯だった。

清潔な包帯を腕に巻いてもらってから、レティはようやく解放されることになった。それをレティのすぐ隣で、カルムが心配そうに見ていた。

レティのお母さんに話してくるから、そのまま待っているように。

二人にそう言い残して、神父は再び暗がりの広がる廊下へと出て行った。バタンとドアが古めかしい音を立てる。静寂だけが部屋の中を満たしていた。

 

一体どれくらいの時間がそこで経過したのだろうか。

並んで腰かけた二人は、視線も合わせないまま、ただただそこに並んでいた。

お互いの息遣いが聞こえるほど近くに居ながら、二人の視線は全くと言っていいほど交わらなかった。緊張した面持ちで、まっすぐと前だけを見つめている。片方が身じろぎすると、その振動でわずかに肩が触れ合った。それでも二人は、何も言葉を交わさなかった。

そんな中で、レティがぽつりと言葉をこぼした。それは独り言のようで、意図せずにこぼれてしまった言葉だったのだろう。誰に向けられたものでもなく、ただの感想でしかなかった。

彼女はただ、痛かったと言葉をこぼした。

身じろぎした振動で眦にたまっていた涙が、頬を一筋つたって流れた。隣に並んでいた少年は何も言葉を返さなかった。

けれど、彼は少女の手を握った。壊れものに触るかのように、たどたどしい手つきで。彼女はつないだ手から、温かいものが伝わってくるような、そんな感覚を覚えていた。どこか懐かしいその感触は、きっとかつてにも体験したことのある温もりだった。

「カルムはこうやって、レティをなおしてくれたんですね」

「・・・うん」

「教えてくれますか?どうしてカルムはそんなことが出来るんですか」

「それは・・・」

カルムは言いにくそうに表情を歪めた。ためらうように、言葉を選び取るように、明確な意味を持たない言葉が彼の口の中で反響した。それでもレティは待っていた。カルムが自分から話してくれることを。

 

意を決したように、カルムはレティに向き合った。

僕はね。

その言葉の続きをレティは待ち望んでいた。けれど。

「カルムは祝福された存在なんだよ。神様が特別に、カルムにだけ贈り物をくださったんだ」

続きを紡いだのは神父だった。

いつの間にか戻ってきていたようで、神父はドアの近くにもたれかかっていた。そして二人に近づくと、目線の高さを合わせて、いつもの微笑みを浮かべた。

「けれどその贈り物は使い放題じゃない。カルムが誰かを癒せばその分カルムが傷つく。いろんな人に知られると大変なんだ。傷ついた人々はカルムに救いを求めるだろう。彼ら全員を救えば、それだけカルムが傷ついていく。だから秘密にしなければならなかったんだ」

「神様の特別・・・?カルムは、特別なんですか?だから、レティをなおせるんですか」

「そうだよ。カルムは特別だ。だから守らなきゃならない。悪い悪魔からもね」

「悪魔・・・?」

「悪いやつだよ。カルムのことを自分のものにしようとしているんだ。だからね、レティ。カルムを守るためにも、このことは秘密にしておいてくれるかい?」

レティはカルムに握られた手を強く握り返すと、大きくうなずいた。

この暖かい手の持ち主を守る。特別な存在をレティが守る。神父をまっすぐな視線で見つめ返しながら、自分に大役を任されたような充実感を感じ取っていた。

「さあ、お母さんが心配しているよ。家まで送っていくからついてきなさい」

神父に差し出された手をつかむと、レティは勢いよくベッドから飛び降りた。そのはずみでカルムとつないでいた手はあっけなく離れて行った。

二人が部屋を出ていくと、医務室のベッドの上にカルムだけが取り残された。カルムは信じられないような、何故と問いただしたい気持ちでいっぱいだった。二人が話している間、言われたことの真偽と偽りを伝えるその意図を問いただしたくてしょうがなかった。なにより大切な彼女に真実を伝えられなかったことが、悔しくて情けなくてしょうがなかった。

「なぜですか神父様?何故レティに嘘をついたんですか?なぜ真実を言わないのですか?」

彼の問いに答える存在はそこには誰一人としていなかった。

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