
懺悔
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「おはよう、気が付いたかい」
目が覚めると、そこには人好きのしそうな笑顔を浮かべた人物がいた。
レティはその人物をよく知っている。なんせ、毎日の苦痛を与えてくる相手なのだ。忘れようもなく、恨めしい存在なのだ。
「神父様」
横になっていた体を起こしながら、レティは叱られる前の子供のように、苦い顔で神父を見返した。
どうやらレティは教会の医務室に寝かされていたようだった。
体制を整えようと身体を動かせば、白い殺風景なベッドがギシリと嫌な音を立てる。
教会のベッドは清潔な代わりに、木と変わらないくらいには柔らかさがない。
いい加減買い替えてもいいと思うのだが、倹約家ばかりが集まる教会ではなかなかそうはいかないらしい。
「森の中で気を失っていたようだね?カルムがレティを背負って現れたときはびっくりしたよ。レティは全然動かないし、カルムは息を切らしていたし。何かあったんじゃないかと疑ったね」
神父は途方に暮れたとでもいうかのように視線を空中にそらした。けれどそんな彼の様子は、レティの意識には入らなかった。カルムがレティを背負って現れた?何でカルムが森の中にいたのだろう。普段、あんなに避けているのに。レティの頭は不可解なことでいっぱいになっていた。
「レティ。森に入るなとは言わないけれど、昼寝したまま寝過ごしっぱなしってのは、どうなんだい?カルムが迎えに行ったそうじゃないか」
「昼寝?レティは昼寝をしていたんですか?」
「ええ?忘れちゃったのかいレティ。君はいつものように森へ行って、草原で寝転んでいるうちに眠ってしまったんだろう?」
そんなはずはない。
そう言い返そうとして、少女はとある思い付きを頭に浮かべた。
ここで正直に崖から落ちたことを伝えれば、神父はレティが森に行くことを、前よりきつくとがめるようになるかもしれない。神父から母親へ伝わるかもしれない。
心配性の母親のことだ。きっとさらに口うるさくなることは間違いない。そうなれば今のように、気軽に森へは行けなくなるだろう。
少女は一時の自分の時間のために、口をつぐむことにした。
「・・・そうです!レティは昼寝をしてて、寝過ごしちゃったんです。ごめんなさい神父様。レティはこれから気を付けます」
「まったく、気を付けるのもいいけど、これからはちゃんと勉強するんだよ?」
「・・・それはちょっと」
「レティ・・・」
それにしても、なぜカルムは神父に本当のことを伝えていないのだろう。
真面目な彼のことだ、どうせレティの失敗をすでに伝えていて、神父に厳しく怒ってもらおうとするはずなのに。
神父はどうやら知らない様子だし、カルムはここにいないみたいだった。
それに、何故レティは怪我をしていないのだろう。
確かに崖から落ちたはずだし、あれはとても痛かったのに。
少なくとも、身体のどこかに切り傷があったっておかしくはないだろう。
けれど、レティの目に見える範囲にはそんな傷はないようだった。それどころか、痛みの一つもないと来ている。
眠っているうちに痛みが薄れたのかとも思うが、そんなことはないはずだった。
昔レティが木登りをして、間抜けなことに滑って背中から落ちたときは、2、3日痛みが取れなかったのだ。
今回もそれぐらい傷んでもおかしくはないはずなのに。
何故ここにカルムがいないのだろう。彼がいれば、レティはこの不思議な現象の原因がわかるような気がしていた。
「神父様。その、レティを運んでくれたカルムはどこにいるんですか」
「ん?カルムは街の方に買い付けに行っているよ。もう日も落ちて暗くなるし、帰ってくるのは夜遅くなるだろうね。何か伝言があれば伝えるが」
「いえ!今度聞くからいいです・・・」
「そうかい?ああ、レティもそろそろ家に戻りなさい。あまり遅くなるとご両親も心配するだろう」
窓を見ると、外は夕焼け色で赤く染まっていた。
帰りが遅くなると、ただでさえ口うるさいお小言が増えてしまう。これは早々に帰った方がいいと、レティはあわててベッドから飛び降りた。
「そうします!また明日、神父様!」
「また明日。気をつけて帰りなさいね」
返事もしないままに、レティはドアから飛び出ていく。レティの頭を占めているのは、門限までに家につくかということと、今日の夕飯のことだった。
砂利道の土を蹴り飛ばしながら、少女は駆け抜けていく。
この時、少女はとあることを思い出していた。
今日の夕飯に、神父とカルムを誘っておいてね、と母親から言いつけを預かっていたのだ。
このまま伝えずに帰って、さらに門限を超えるようなことがあればと考えると、自然とレティの足が止まった。
思い出される母親の怒った顔に怖がりながら、レティは来た道を返すことにした。
「神父様・・・?いますか?」
息を切らしながら、レティはそろりと扉を開けた。
いつもは人の多い教会が、しんと静まり返っている。そこがまるで知らない場所のように思えて、声が自然と小さくなっていた。
早く用事を終わらせて帰ろうと、神父のいることが多い控室を目指してレティは静かに歩く。かつん、かつんと響く自分の足音さえ怖くなり、レティは気づけば音を立てないようにゆっくりと歩いていた。
長い廊下を歩き終わり控室のドアが見えてくると、レティはそこにかけだしたい気持ちにかられた。しかし、少女はそうすることはなかった。それはひとえに、その部屋からするはずのない声が聞こえてきたからである。
「これ・・・カルムの声・・・?」
それは街に買い付けに行っているはずの、カルム少年の声だったからだ。
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